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岡山地方裁判所 昭和62年(ヨ)92号 決定

債権者

宮原正仁

右訴訟代理人弁護士

石川敬之

石田正也

嘉松喜佐夫

浦部信児

債務者

西日本旅客鉄道株式会社

右代表者代表取締役

角田達郎

右訴訟代理人弁護士

松岡一章

河村英紀

右松岡訴訟復代理人弁護士

鷹取司

主文

一  本件申請を却下する。

二  申請費用は債権者の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

1  債務者が債権者に対して昭和六二年三月一六日付でなした所属・勤務箇所・職名を債務者岡山支社岡山駅営業係(一級)とする旨の意思表示の効力を仮に停止する。

2  債務者は債権者を債務者新見駅輸送係として仮に取り扱え。

二  申請の趣旨に対する答弁

主文第一項と同旨

第二当事者の主張

一  申請の理由

1  債権者は、昭和四四年七月、日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)に職員として採用されて以来、国鉄岡山鉄道管理局新見駅に勤務し、構内作業掛、構内指導掛、運転係として就労してきた。しかるところ、昭和六二年四月一日日本国有鉄道改革法(以下「改革法」という。)の施行にともない、国鉄事業は地域別等に分割、民営化され、株式会社として債務者が新設されることとなった。そして、債務者の設立中の会社たる西日本旅客鉄道株式会社設立委員会(委員長斎藤英四郎)(以下「設立委員会」という。)は債権者に対し、昭和六二年二月一二日債権者を同年四月一日付で債務者に採用する旨の意思表示をした。その後、国鉄は、同年三月一二日付をもって、債権者を「勤務箇所・職名を岡山駅営業係(一級)とする。」旨の配置転換(債務者のいう「転勤」)の意思表示(以下「本件配転」という。)をし、ついで、設立委員会は昭和六二年三月一六日債権者を同年四月一日付で所属・勤務箇所・職名を債務者岡山支社岡山駅営業係(一級)と指定する旨の意思表示(以下「本件勤務指定」という。)をした。そして、同年四月一日をもって国鉄の承継法人として債務者が設立されると共に、設立委員会のした右採用及び本件勤務指定の意思表示は改革法二三条五項により債務者の意思表示とされることとなった。

2  しかしながら本件勤務指定は、以下の(一)ないし(三)の理由により人事権の濫用として無効であるか、もしくは、(四)の不当労働行為として無効である。

(一) 労使慣行無視

債務者の実態は、国鉄事業の北陸、近畿及び中国地方における旅客鉄道運営部門を分離独立させたものに過ぎず、国鉄と一体性を有するものであるから、配置転換(以下「配転」という。)に際しては、国鉄時代の労使間の慣行が尊重されるべきところ、配転は、該当者の意思を十分尊重し、該当者の生活設計・生活環境・家族状況を考慮して通勤可能な場所への異動の範囲にとどめる慣行があったのに、本件勤務指定は、債権者の意向に反し、自宅からの通勤が片道約三時間かかり事実上通勤不可能な岡山駅への勤務を命じるもので、従来の労使間の慣行に反する。

(二) 業務上の必要性の欠如

債権者は、前記のとおり新見駅運転係であった。ところが、債権者は、昭和六一年一二月二日から本件勤務指定ころまで、国鉄新見駅の「人材活用センター」に配属され、右運転係の本来の職務である列車の組成、入れ換え、信号装置管理などとはまったく関係のない、しかも、国鉄にとっても業務上の必要性のない草むしり作業や無人駅の補修作業に従事させられてきたが、本件勤務指定によって債権者が配置された職場は、債務者が必要としない単純労務の無人駅での乗務指導案内、イベントの際の夜間警備を主要内容とする線区別特別改札班もしくは営業機動班であり、債権者でなければできないという代替性のないものではない。従って、債務者には、債権者に岡山駅勤務を命じて右の職場に配置しなければならない個別的な業務上の必要性はなかった。

(三) 生活環境の破壊

債権者は国鉄に就職以来、一八年間一貫して新見駅に勤務しており、その現住所地は、昭和六一年三月ころ以降、岡山県新見市千屋で、新見駅の北方約二六キロメートル、同駅から自家用車で約四五分のところにあり、そこで高血圧症で病気がちの母(五八歳)の老後の面倒をみなければならないのに加えて、水腎症や眼球振盪症により治療を必要とする長男や二男を抱えているため生活のゆとりはなく、本件勤務指定に応じればたちまち生活が破壊される。

(四) 不当労働行為

債権者は、国鉄就職と同時に、国鉄労働組合(以下「国労」という。)に加入して国労岡山地方本部新見支部新見運輸分会に所属し、執行委員として積極的に組合活動をしてきたもので、右新見支部として欠くべからざる人物であるが、改革法施行にともなう人事異動の状況、ことに、他の労働組合所属者の異動状況と対比すれば、本件勤務指定は、国労組合員に対する差別待遇であることは明らかであるし、支部執行委員である債権者と分会書記長を同時に所属支部の異なる岡山駅へ勤務指定したのは、組合活動の分断、国労潰しを狙いとする支配介入である。

3  保全の必要性

債権者は、本件の不当無効な勤務指定以来、母や子供たちへの悪影響を考え、やむを得ず、昭和六二年三月一九日から岡山駅へ通っているが、片道三時間の通勤では人間らしい生活はできない。

従って、債権者は本件勤務指定の効力を争うため本訴を準備中であるが、本案判決を待っていては回復しがたい生活上の破壊を生ずる恐れがあるので本件仮処分の申請に及んだ。

なお、債務者が国鉄時代勤務していた新見駅運転係は、債務者では新見駅輸送係が同一業務を行っているので、債務者に対し、債権者を右係として仮に取り扱うことを求める。

二  申請の理由に対する答弁

1  債権者は申請の理由1の中で設立委員会が設立中の会社であると主張するが、設立委員会は、設立中の会社そのものではなく、その執行機関もしくは発起人組合を構成しているに過ぎない。従って、債務者とは別個のものであるから債務者は訴訟を承継できず、債権者は別個に仮処分申請を提起しなおさなければならず、本件申請は不適法な申請である。

さらに、債権者は申請の趣旨2において、債務者新見駅の輸送係として仮に取り扱うことを求めるが、債務者は、改革法によって設立され、新しく職員を採用したものであり、国鉄時代の運転係への勤務指定は法律上不可能なものであるところ、これと異なる債務者の輸送係として仮に取り扱うことを求めることは不適法で許されない。

2  申請の理由1のうち、設立委員会が設立中の会社であることは争い、その余の事実は認める。

3  同2(一)について

国鉄時代に、配置転換については、該当者の意思が十分尊重されてきたことは認めるが、その余は争う。

もともと国鉄時代に債権者主張の労使慣行はなかった。また、改革法施行にともない債権者は新会社の職員募集に応じ、「会社の営業範囲内の現業機関等において就職する」という労働条件を承諾して新規採用されたのであるから、国鉄時代の慣行の主張は理由がない。

4  同2(二)について

債権者が新見駅運転係であったこと、昭和六一年一二月二日から本件勤務指定ころまで、国鉄新見駅の「人材活用センター」に配属されてそこで人材活用担務の仕事をしていたこと、昭和六二年三月一九日から岡山駅で営業機動班として「改札」「案内」などの特別改札業務をしていることは認めるが、その余の主張は争う。

定款によれば、債務者は国鉄から引き継いだ事業以外に多種多様の事業を営むことを目的としており、岡山駅の新規業務は多い。一方、新見駅は過員を抱えており、過員の有効利用の場がない。そればかりか、人事のローテーションからいって債権者の勤務意欲の高揚と能力の開発上本件勤務指定は必要であった。

そして、債権者の従事している営業機動班の業務は、その一部は直接収益の増大につながり、他の部分は収益増大に直接役立たなくとも、他の直接収益につながらない業務と同様、債務者の事業の遂行に必要なものである。

5  同2(三)について

債権者が国鉄に就職以来、一八年間一貫して新見駅に勤務したこと、現住所が岡山県新見市千屋で、新見駅の北方約二六キロメートル、同駅から自家用車で約四五分のところにあることは認めるが、その余の事実は不知。子供の治療は岡山市の社宅の方が便利なはずであるし、新見駅近くの社宅にはいれば通勤時間は一時間三〇分となり全ての問題は解消する。

6  同2(四)について

債権者が国労に加入し、国労岡山地方本部新見支部新見運輸分会に所属していることは認めるが、その余は争う。

国労組合員であることから、他の組合員に比し不利益な勤務指定がなされているものではない。また、人事異動は職員が特定の労働組合の役員に就任しているか否かには無関係に行われるが、その結果、労働組合の役員が他の支部へ移ることはあり得ることである。

7  同3は争う。

第三当裁判所の判断

一  当事者適格等について

申請の理由1のうち、設立委員会が債務者の設立中の会社であることをのぞく事実は当事者間に争いがない。

ところで、債務者は、債務者が改革法により新しく設立された株式会社たる営利法人であり、公法人たる国鉄とは法的性格を異にすること、設立委員会は設立中の会社の執行機関もしくは発起人組合に過ぎず、設立中の会社そのものではないから債務者が設立委員会を承継することはできないことを理由として当事者適格を有しないと争う。そこで、まずこの点について判断するに、右争いのない事実及び疎明資料によれば、債務者は、改革法並びに旅客鉄道株式会社及び日本貨物鉄道株式会社に関する法律(以下「旅客法」という)に基づき、昭和六二年四月一日に設立された会社であり、国鉄の北陸、近畿及び中国地方を中心とする鉄道事業を国鉄より承継していること、旅客法附則二条によれば、運輸大臣が設立委員を任命し、当該会社の設立に関して発起人の職務を行わせることとされており、同大臣は旅客法に基づき西日本旅客鉄道株式会社の設立委員を任命したこと、右設立委員は委員会を構成し、委員会規則を設け、設立に関する委員の職務は委員会の決定するところにより執行することとし、委員長に斎藤英四郎を選任したこと、同附則二条によれば、設立委員は発起人としての定款の作成以外に会社設立時において事業を円滑に開始するために必要な業務(開業準備行為)を行うことができる旨規定されていること、また、改革法二三条一項は、設立委員は、国鉄を通じ、その職員に対しそれぞれの承継法人の職員の労働条件及び基準を示して職員の募集を行うことができる旨規定し、同条三項は、設立委員は、国鉄が右条件及び基準に従い提出した名簿に記載された国鉄職員のうちから職員を採用する通知をする旨規定をしていること、同法二三条五項によれば設立委員のした行為は承継法人のした行為とするものとされていることが一応認められる。

以上の事実に基づいて考察すると、設立委員ないし設立委員会は、直接法の規定によって当事者適格を付与されているとも、西日本旅客鉄道株式会社(債務者)の設立中の会社の執行機関ないし代表機関にすぎず、当事者適格を有するのは、いわゆる権利能力なき社団たる設立中の会社であるとも解しうるところであるが、仮に前者の見解に立つとすれば、債務者が右設立委員ないし設立委員会を承継するのは前記改革法の規定等から当然のことであり、後者の見解に立っても、本件仮処分申請(債務者会社の設立以前に申請された。)は、その申請書において、債務者を「西日本旅客鉄道株式会社設立委員会・右代表者斎藤英四郎」と表示しており、その表現にやや正確性を欠くうらみはあるものの、右申請の相手方は、要するに、右代表者によって代表される権利能力なき社団である設立中の会社であると解されるから、昭和六二年四月一日設立された債務者と実質的に同一人格であるというべきであり、いずれにしても、債務者には当事者適格がないとの債務者の主張は失当である。

次に、債務者は、旧職場が組織上廃止されて現存しない場合、それに相当する職場へ仮の地位を定めることを求めることは許されない旨主張しているが、右のような仮処分が許されるかどうかは、実体関係如何によるものであるから、その適否についての判断は暫く措く。

二  人事権の濫用について

本件勤務指定は、形式的には、新会社設立により新たに採用された職員に対する初めての勤務箇所・職名の指定であるから、これを直ちに配転と同一視することはできない。しかし、前示改革法、並びに旅客法の規定、債務者設立の経過等を総合すると、債務者は承継法人として、国鉄の資産、事業、権利、義務を引き継いでおり、実質的には国鉄と同一体というべきものであり、所定の手続により国鉄職員の中から採用された者の勤務箇所が国鉄時代のそれと異なる所に指定された場合は、実質的には配転と異なるところはないから、従来の労使慣行を無視したり、業務上の必要性が無いのにこれを行ったり、職員の生活環境を破壊したりして、人事権の濫用と認められるときは無効となることがあるものというべきである。

そこで、右の点につき、以下順次検討する。

1  労使慣行無視

債権者は、国鉄時代には、労使間には、配転は、該当者の意思を十分尊重し、該当者の生活設計・生活環境・家族状況を考慮して通勤可能な場所への異動の範囲内にとどめる労使慣行があった旨主張するところ、国鉄時代に、配転については、該当者の意思が十分尊重されてきたことは当事者間に争いがないが、その余の事実についてはこれを認めるに足りる疎明がない。

したがって、労使慣行無視の主張については、その余の点について判断するまでもなく失当である。

2  業務上の必要性

前示争いのない事実並びに疎明資料と審尋の結果によれば、債権者は、国鉄に昭和四四年に就職して以来、新見駅構内作業掛、昭和五三年四月より構内指導掛、昭和五六年二月より運転係として、新見駅に一貫して勤務し、本件勤務指定まで他駅に勤務したことはないこと、一方、国鉄は、昭和五九年二月ころからダイヤ改正の度毎に、近代化、効率化(合理化)を行い、国鉄全体ではかなりの余剰人員をかかえてきたので、その活用策や調整策として職種の拡大や経費削減、出向、休職等を行ってきたが、貨物輸送の激減という経営環境の悪化もあって益々余剰人員は増大していったこと、国鉄岡山鉄道管理局においても、昭和五九年四月に八五七名、昭和六〇年四月に九八五名、昭和六一年一一月には二二六八名もの余剰人員を抱えるまでになったため、同管理局も昭和六一年七月から余剰人員対策としていわゆる人材活用センターを新設し、余剰人員を吸収して「ぶら勤」の批判をかわしてきたが、債権者も同年一二月二日から新見駅の人材活用センターで無人駅での掃除やペンキ塗り、草刈りなどの作業(人材活用担務)をしてきたこと、しかし、国鉄事業は莫大な債務をかかえてついに破綻し、昭和六一年に閣議決定をもって改革法を含むいわゆる国鉄関連法案が国会に提出され、同年一二月四日をもって国鉄関連法案が可決公布され、これにより国鉄事業は地域別等に分割、民営化されることとなり、新会社が設立されて新経営体制に入ったこと、国鉄岡山鉄道管理局の鉄道事業も営利法人たる債務者に承継され、新経営体制を実現するものとして効率化を目指すこととなり、その職員は、全員国鉄職員から新採用の形態をとったこと、そこで、設立委員は、昭和六二年一月ころ、国鉄を通じて、労働条件を明示して募集を行ったが、その際、採用希望者に交付された労働条件に関する文書には、就業の場所として「会社の営業範囲内の現業機関等において就業することとします。」と記され、広域異動を前提とした文言が入っていたこと、それと併せて、承継法人の職員となることに関する意思確認及び新会社への就職申し込みの文書も交付されたが、債権者はこの募集に応じたこと、これに先立ち、国鉄が昭和六一年一一月ころ徴した希望調書には債権者は現地現職を希望する旨記載しているが、その主張の家族の事情については特段の記載をしていないこと、なお、岡山鉄道管理局管内の職員は殆んどの者が採用を希望し、しかも、右希望調書には現地現職希望と記載していること、そして、昭和六二年二月一二日設立委員会委員長斎藤英四郎から債権者に対し同年四月一日付をもって債務者の職員として採用する旨の通知書が交付されたこと、ところで、債権者は同年三月当時は、新見駅運転係であったが、当時の同係および輸送管理係の職員は、所要員六名に対し余剰人員(過員)が一一名もあり、これを含めて新見駅における余剰人員は四一名、岡山鉄道管理局管内の駅その他の営業系統(車掌区を除く)の職員の余剰人員は約四五〇名もあり、このような多数の余剰人員をいかに調整し活用するかが問題であったところ、昭和六二年三月一〇日に人材活用担務が廃止された後の同局管内の営業系統(車掌区を除く)の余剰人員の活用策として、(1)営業推進センター、(2)自動販売機の車内設置班、(3)ゆうゆうサロンカーサービス業務、(4)営業機動班、(5)営業調査サービス推進チーム、(6)滞泊車両等警備業務、(7)特別企画販売推進チームがそれぞれ特定の駅に設けられたこと、しかし、右の活用策の業務の設けられた駅の内、岡山、倉敷、福山の三駅では業務量が多く、右以外の直営売店など新規業務も営む事が予定されていたが、右以外の駅は業務量も少なくその活用策の業務を行う職員もその駅自体で充足されてなお余剰を生じているところから、右の三駅に余剰人員を異動させ、その活用策の業務に従事させる必要があったこと、新見駅は乗降客も少なく、付近の鉄道利用人口も少ないので、前記余剰人員の有効な活用ができず、同駅の前記運転係および輸送管理係の余剰人員のうち債権者を含む七名を岡山駅、一名を倉敷駅に勤務箇所指定する必要があったこと、また、債権者については、国鉄に就職した当初から新見駅に勤務し、十八年の長期に及んでおり、他の勤務場所を指定することによって債権者自身の勤労意欲の高揚、能力開発を図る必要があると考えられたこと、債権者が本件勤務指定によって従事している岡山駅営業係の仕事は、営業機動班で、(1)無人駅の特別改札業務、(2)乗務案内業務、(3)駅構内警備業務等であるが、右の業務は何れも不必要な業務ではなく、債務者会社の事業の遂行に必要なものであること、改革法施行にともなう国鉄の昭和六二年三月一日から同月三一日までの岡山鉄道管理局管内の人事異動の規模は一八二一名に及び全体の二四パーセントに達したこと、債務者においても採用に伴い右の人事異動をほぼそのまま踏襲した形で勤務箇所・職名の指定がなされたこと、新見駅の同月一二日現在の定員は三五名で四一名過員の状況にあったが、過員のうち一九名が異動の対象になり債権者もその一人であったこと、

その後、債務者は、昭和六二年四月一日に新会社として発足し、これと同時に債権者と債務者との間の労働契約が発効したが、新会社の成立にともなって制定された就業規則三条二項には「社員は、会社の命により、会社が事業を運営するいずれの地域の勤務箇所においても勤務しなければならない。」と定め、二八条には「会社は、業務上の必要がある場合は、社員の転勤を命ずる」旨明記されていること、

以上の事実が一応認められる。

右事実によれば、国鉄当時、合理化と経営環境の悪化によって職員の余剰人員が増大していたが、その解雇を避けるため、新会社設立に当たっては、その各種の活用策を考え新規採用の職員のうち余剰人員を右活用策の事業に振り向けることとし、その一環として、新見駅運転係の余剰人員の一人となった債権者を岡山駅営業係に勤務指定し、右活用策の一つである営業機動班の仕事に就かせることとなったことが認められ、したがって、本件勤務指定は業務上の必要があったものと認められる。

なお、債権者は、右営業機動班の仕事は、債権者でなければできないという代替性のないものではなく、個別的な業務上の必要性はなかった旨主張するが、使用者は業務上の必要に応じ、濫用にわたることのない限り、その裁量により、労働者の勤務場所を決定できるものであるところ、右の業務上の必要性は、当該勤務先への異動が余人をもっては容易に替え難い高度の必要性に限定するのは相当でないから、右の主張は失当である(最高裁二小昭和六一・七・一四、集民一四八号二八一頁参照)。

3  生活環境の破壊

疎明資料及び審尋の結果によれば、債権者は本件配転後、新見市千屋にある自宅から毎朝二時間半かけて岡山駅に通勤しており、通勤時間が長いため、時には岡山市所在の債務者の寮で寝泊まりをすることもあること、自宅には債権者の母(五八歳)と妻子が居住し、母は高血圧症に罹患しているものの一〇数年来近くの中学校で学校調理師として休日、祭日を除きほぼ毎日勤めて自活しており、子供たちも長男が水腎症に次男が眼球振盪症に罹患しているものの、いずれも通常どおり学校に通い、長男は半年ないし一年に一回、次男は四か月に一回位その治療ないし検査のため岡山市や倉敷市にある専門病院に行く必要があること、一方、債務者は通勤時間を短縮するため、一時間四〇分程度で岡山駅へ通勤可能な社宅(宿舎料一万円強)の提供を申し入れていること、債権者は昭和六一年三月末ないし六月末ころまで、新見駅近くの国鉄宿舎に入居して家族と共に居住していたこと、右新見駅近くの社宅では、現にそこに入居して岡山へ通勤している者が数名いること、

以上の事実が一応認められる。

右の事実に、債権者は前示のとおり昭和六一年一一月ころ提出した希望調書にその主張の家族の事情について特段の記載をしていなかったこと、国鉄事業は前認定のとおり破綻したのであるからその再建のためには職員は多少の不利益、不便は甘受すべきであること等を併せ考えると、債権者はその主張のような不利益、不便があるとすれば、債務者の提供する社宅に入居することによってその解消を図るなどの真摯な対応を考えるべきであり、債務者が右社宅に入居すれば、債権者が生活環境の破壊として主張する点はほぼ解決し、それによって子供の病気治療上受ける利益はかえって大きいものと認められ、債権者が右のとおり社宅に入居しえない特段の事情があるものとは認め難いから、債権者の生活、通勤上の不利益は、その甘受すべき程度を著しく超えるものとはいえない。

したがって、右生活環境破壊の主張も失当である。以上のとおりであるので、本件勤務指定については、人事権の濫用と認めるべき疎明がないものというべきである。

三  不当労働行為について

前示事実によれば、債権者は、形式的には、設立委員によって債務者に新規採用されたことが認められる。従って国鉄時代のいわゆる労使慣行や国労つぶしの問題が直ちに人事権の濫用につながらないと一応はいうことができるであろう。しかしながら、改革法二三条によれば新会社は退職手当の支給を引き継ぐ等労務関係も一部引き継いでいる。そうとすれば、債権者が国労に所属しているからとの理由で不利益な扱いをされたり、組合に対する支配介入がなされたのであれば不当労働行為となるものというべきである。

これを本件についてみるに、疎明資料によれば、債権者は国鉄に就職以来国労岡山地方本部新見支部運輸分会に属し、本件勤務指定時には右新見支部の執行委員、企画部長をしていたこと、昭和六二年三月の人事異動によって右分会の書記長と執行委員である債権者の二名が岡山駅へ勤務指定されたこと、新見駅の職員のうち他の場所へ勤務指定された者は国労職員三五名のうち一六名であるのに対し、鉄道労働組合は二二名中一名、鉄道産業協議会組合は四名中〇名、鉄道産業労働組合は六名中二名の規模であり小規模にとどまっていることが一応認められる。

しかしながら一方、疎明資料及び審尋の結果によれば、右新見支部には、委員長以下七名の支部役員がおり、右支部には四分会があり、それぞれ約七名ずつの分会役員がいたことが一応認められるから、新見支部の執行委員である債権者と分会の書記長が岡山駅へ配転になったり勤務指定されたからといって、直ちに右分会の組合活動に支障が生じ、組合が分断されるものとは考え難いし、また、本件勤務指定と同時に行なわれた人事異動ないし配置の規模等から直ちに組合の分断があったともいいえない。

右事実および前示二の2、3の事実を総合勘案してみると、債務者が従来新見駅に勤務していた職員で他の場所に勤務指定したものは、国労所属の職員のほうが、他の債務者に協調的な労働組合所属の職員よりも割合が多く、国労を不利益に取り扱っているのではないかとの疑いはあるが、具体的に債権者の本件勤務指定についてみると、前示のとおり業務上の必要性があり、その生活上の不利益も甘受すべき程度であると認められ、これらとの対比において債権者が他へ転出したことにより受ける組合活動上の不利益もさほど顕著なものではないと認められるのであって、本件勤務指定が債権者主張のような差別待遇であり、組合活動の分断等を意図してなされたものとは、にわかに認め難い。したがって、不当労働行為の主張も失当である。

四  以上の次第であるので、その余の点について判断するまでもなく、債権者の本件申請は被保全権利について疎明がないというべきであり、保証を立てさせて疎明にかえることも相当でないから、本件申請を失当として却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 日浦人司 裁判官 香山高秀 裁判官 生田治郎)

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